西陣の由来
昔ながらの街並みに響く機の音。由緒ある史跡や名所。そして、卓越した意匠と技から創り出される織物の数々。
この街はいつも、人を包みこむやさしさと心ときめく美しい織物との出会いにあふれています。
*1200有余年の歴史を刻む織物の街
*宮廷の織物づくりから
京都で織物作りが始まったのは、桓武天皇によって平安京が築かれるよりも前の5世紀頃のこと。
また、平安遷都とともに宮廷の織物を管理していた『織部司』と呼ばれる役所が置かれ、
今の上京区黒門上長者町あたりに住んでいた職人に、綾、錦など高級な織物作りを奨励したのにともない、発展したといわれています。
平安時代も半ばを過ぎると、こうした官営の織物工房も衰えてきますが、職人たちは織部司の東の大舎人町あたりに集まって住み、宮廷の管理下を離れた自由な織物作りを開始。「大舎人の綾」、「大宮の絹」などと呼ばれる織物が作られました。
また、宋から伝えられた綾織の技を研究して、独自の唐綾を開発。神社や寺院の装飾にふさわしい重厚な織物として重宝されました。
*西軍の陣地があったところ
1467年に起こった応仁の乱が終わると、各地に離散していた織物職人たちも京都に戻り、戦乱の際に山名宗全率いる西軍の陣地が置かれていたあたりで、織物作りを再開します。
戦乱以前から織物の町として栄えていた京都北西部の一帯が「西陣」と呼ばれるようになったのはこの頃から、西軍の陣地跡だから「西陣」というわけです。
今も上京区堀川通五辻西入るには、宗全の邸宅跡が残っています。